剰余群のお気持ちと環への拡張
はじめに
こんにちは、トッチです。2年ほど前からAtiyah, MacDonaldの「可換代数入門」を読むゼミをしていて、12月までに「第10章 完備化」までセミナーを通してのんびり読んできました。そんな感じで環論をずっとやってきたのにもかかわらず「剰余環」、もっと言えば「剰余群」についてしっかりと理解できていないことに気が付きました。そこで、この記事では剰余群・剰余環について定義から復習した記録を書き綴ります。
群の定義といくつかの例
まずはじめに群の定義から復習しましょう。
定義
$G$を集合、演算と呼ばれる $\cdot$ を写像$\ \cdot:G\times G\to G$とする。組$\left<G,\ \cdot\right>$が次の条件を満たすとき群であるという。ここで$x\cdot y := \ \cdot(x, y)$とする。
1. 任意の元$x, y, z\in G$に対して$(x\cdot y)\cdot z = x\cdot (y\cdot z)$が成り立つ。(結合律)
2. ある元$e\in G$が存在して、任意の元$x\in G$に対して$x\cdot e = e\cdot x = x$が成り立つ。(単位元の存在)
3. 任意の元$x\in G$に対してある元$y\in G$が存在して$x \cdot y = y \cdot x = e$が成り立つ。(逆元の存在)条件 2. ,3. の$e$を単位元、3. の$y$を$x$の逆元という。
これからは$x\cdot y$を$xy$と省略し、$x$に$y$を右から掛ける($y$に$x$を右から掛ける)ということにします。さらに、群$\left<G,\ \cdot\right>$を$G$と表すことにします。また、結合律から$x(yz)$と$(xy)z$は同一なので$xyz$と表します。
ここで群の性質として、単位元と逆元は一意です。
命題
群$G$の単位元および元$x\in G$の逆元は一意である。
(証明)
まず、単位元について見る。$e$と$e'$を単位元とする。このとき$xe=x, xe'=x$であるから$$\tag{1} xe = xe'$$ ここで群の定義より$x$の逆元$y$が存在するから、$(1)$式の両辺の左から$y$を掛ければ、
$$\begin{aligned} yxe &= yxe' \\ ee &= ee' \\ e &= e \end{aligned}$$ を得る。
次に逆元について見る。$G$の元$x$の逆元を$y, y'$とする。定義から、$$\tag{3} xy = xy' = e.$$ もちろん、$e$は単位元である。両辺の左から$y$を掛ければ
$$\begin{aligned} yxy &= yxy' \\ ey &= ey' \\ y &= y' \end{aligned}$$ を得る。$\square$
単位元、$x$の逆元の一意性が判明したため、それぞれに専用の記号$1$と$x^{-1}$を与えようと思います。この記号を用いて群の定義を書き直すと次のようになります。
群の再定義
集合$G$が群であるとは、演算$\ \cdot:G\times G \to G$が定まっていて次の条件を満たすことをいう。
1. 任意の元 $x, y ,z \in G$ に対して $(xy)z = x(yz)$ が成り立つ。
2. 単位元と呼ばれる元 $1\in G$ が存在して、任意の元 $x\in G$ に対して
$x1 = 1x = x$ が成り立つ。
3. 任意の元 $x\in G$ に対して $x$ の逆元 $x^{-1}$ が存在して $xx^{-1} = x^{-1}x = 1$ が成り立つ。
ここで群の例をいくつか挙げておきます。4番の例は後で使うので覚えておいてください。
例
1. 整数の集合$\mathbb{Z}$と加法$+$の組$\left< \mathbb{Z}, + \right>$は群となる。
2. 自然数 ($0$を含む) の集合$\mathbb{N}$と乗法$\times$の組$\left< \mathbb{N}, \times\right>$は群となる。
3. 整数の集合$\mathbb{Z}$と乗法$\times$の組$\left< \mathbb{Z}, \times \right>$は群となる。
4. $p$の倍数 (負数含む) の集合 $p\mathbb{Z}$ と 加法$+$の組$\left< p\mathbb{Z}, +\right>$は群となる。
5. $x$に関する実数係数多項式の集合$\mathbb{R}[x]$と乗法$\times$の組$\left< \mathbb{R}[x], \times \right>$は群となる。
6. $\mathbb{R}$上の単調な関数 $f:\mathbb{R}\to\mathbb{R}$ の集合 $\text{Func}$ と関数の合成 $\circ$ の組$\left< \text{Func}, \circ \right>$は群となる。
合同式を考える
群論のモチベーションの1つに、整数問題に有効な合同式の性質について調べるというものがあります。合同式とは次のような式のことです。
$$\begin{aligned} m \equiv n \pmod p \end{aligned}$$
ここで$m, n$は整数、$p$は自然数です。この状況を「$m$と$n$は$p$を法として合同である」と言います。上の式は
「と$n$を$p$で割った余りが等しい」
という意味を持ちます。この文を数式に落とし込んでみます。
まず、を$p$で割った商を、余りをとします。$n$についても同様に商を$r_n$、余りを$a_n$とします。このとき、はを使って
と表せるのでした。よって、$a_m$について整理すると、
同様に$n$の場合、$a_n$は
$$a_n = n - pr_n$$
となります。今、でしたから、
$$\begin{aligned}
m-pr_m &= n - pr_n \\
m - n &= p(r_m - r_n)
\end{aligned}$$
を得ます。ここで右辺に注目すると、右辺は$p$の倍数 ($-2p$などの負数も含む) となっています。合同であるならば$m-n$が$p$の倍数であることが分かりました。逆に、ここまでの議論を遡ることで$m-n$が$p$の倍数ならば$m$と$n$は$p$を法として合同であることが分かります。よって、これを定義に使うことが出来ます。
定義
$m, n$を整数とする。$m-n$が自然数$p$の倍数であるとき、と$n$は$p$を法として合同であるといい、$$\begin{aligned} m \equiv n\pmod p\end{aligned}$$ と表す。このとき、$m, n$を$p$でそれぞれ割った余りは等しい。
この定義を群に対して書き換えたものが 剰余類 と呼ばれるものです。
合同式を群に落とし込むために、上の議論がどのような群で行っていたかを考えます。$m, n$は整数だったので、土台となる集合は$\mathbb{Z}$でしょう。また、定義に$m-n$を使っているため演算は加法$+$ (群は逆元を持つので$m-n = m + (-n)$とすれば良い) であれば良さそうです。では、$m-n$が$p$の倍数であることはどうやって表せばいいのでしょうか?
$m-n$が$p$の倍数の集合 $p\mathbb{Z}$ に含まれているならば$m-n$は当然$p$の倍数ですから、このようにして表現すれば良さそうです。
以上を踏まえて合同式の定義を書き換えたものが次の定義です。
定義
$m, n\in \mathbb{Z}$とする。自然数$p$に対して $m-n\in p\mathbb{Z}$ であるとき、と$n$は$p$を法として合同であるといい、$$\begin{aligned} m \equiv n\pmod p\end{aligned}$$ と表す。
剰余類と剰余群
さて、ここからいよいよ群$\left<G, \cdot\ \right>$の剰余類の定義をしていきます。上の定義は、$G=\mathbb{Z}, \ \cdot=+$の場合でしたから、$\mathbb{Z}$を$G$に、$+$を$\ \cdot$に書き換えれば良さそうです。唯一の問題点は$p\mathbb{Z}$をどのように書き換えるかです。
ここで大胆なことをしてみましょう。$p\mathbb{Z}$は群でした。そこで$p\mathbb{Z}$を適当な群$H$に書き換えてしまうのです。ただし、$H$を$G$と全く関係なしに選ぶと合同式の性質が失われる可能性があります。そこで、$\mathbb{Z}$と$p\mathbb{Z}$の関係に注目すると、どちらも群でしかも $p\mathbb{Z} \subseteq \mathbb{Z}$ が成り立っています。また、2つの群の演算も一緒です。これを定義に盛り込みましょう。つまり $H\subseteq G$かつ$H$と$G$の演算は同じという制約を貸します。また、集合として扱った方が都合がいいので合同な元どうしの集合を剰余類とします。
では、剰余類の定義を示します。
定義
$G, H$を同じ演算を持つ群とし、$H\subseteq G$ とする。$G$における$H$の右剰余類とは次の集合$ x H $のことである。ここで$x\in G$である。$$\begin{aligned} xH :&= \left\{y \in G | xy^{-1}\in H \right\} \\ &= \left\{ y \in G|x^{-1}y\in H \right\} \\ &= \left\{ xy \in G|y\in H \right\} \end{aligned}$$ また、$G$における$H$の左剰余類とは次の集合$ H x $のことである。
$$\begin{aligned} Hx :&= \left\{y \in G | y^{-1}x\in H \right\} \\ &= \left\{ yx \in G|y\in H \right\}\end{aligned}$$ また、$G, H$が共に群で$H\subset G$を満たし、両方の演算が一致するとき$H$は$G$の部分群であるという。
上の定義の通り、剰余類は右剰余類と左剰余類に分かれます。これは一般の群$G$において $xy \mathrlap{\,/}{=} yx$ の可能性があるからです。($\mathbb{Z}$では$m+n = n+m$ですからこの区別はありません。)
実際に$G = \mathbb{Z}, H = 3\mathbb{Z}$として$G$における$H$の剰余類を計算してみましょう。なお、剰余類を$n\ 3\mathbb{Z}$と書くとややこしいので、ここでは$n+3\mathbb{Z}$のように表します。
$$\begin{aligned} 0 + \mathbb{3Z} &= \left\{ 0 + n | n \in 3\mathbb{Z} \right\} \\ &= \left\{ 0, 3, -3, 6, -6, \cdots \right\} \\ &= \mathbb{3Z} = H \\ \\ 1 + \mathbb{3Z} &= \left\{ 1 + n | n \in 3\mathbb{Z} \right\} \\ &= \left\{ 1, 4, -2, 7, -5, \cdots \right\} \\ \\ 2 + \mathbb{3Z} &= \left\{ 2 + n | n \in 3\mathbb{Z} \right\} \\ &= \left\{ 2, 5, -1, 8, -4, \cdots \right\} \\ \\ 3 + \mathbb{3Z} &= \left\{ 3 + n | n \in 3\mathbb{Z} \right\} \\ &= \left\{ 3, 6, 0, 9, -3, \cdots \right\} \\ &= 3\mathbb{Z} = H \end{aligned}$$
計算してみると、各剰余類の元どうしが$3$を法として合同であることが分かると思います。以上で、合同式の概念を群に持ち込むことに成功しました。
そんな剰余類ですが、よい剰余類の集合は群になります。実際、上の剰余類の集合 $\mathbb{Z}/3\mathbb{Z} = \left\{ 0 + \mathbb{3Z}, 1+\mathbb{3Z}, 2 + \mathbb{3Z} \right\}$ は演算 $\bar{+}$ を
$$(n+\mathbb{3Z}) \bar+ (m + \mathbb{3Z}) = (n + m) + \mathbb{3Z}$$
とすることで群になります。(単位元は $0+\mathbb{3Z}$, $-(1 + \mathbb{3Z}) = (2+\mathbb{3Z}), -(2+\mathbb{3Z}) = (1+\mathbb{3Z})$ です。)
では、よい剰余類とはどんな剰余類なのでしょうか。
これに答えるためにまず剰余類どうしの演算については考えます。そこで、上で挙げた$\mathbb{Z/3Z}$を参考にして一般の$G$の部分群$H$の右剰余類に対する演算を次のように定めます。($x, y\in G$)
$$xH\ \cdot\ yH = (xy)H$$
つまり、剰余類の演算は$G$の演算を自然に拡張したものを使うということです。左剰余類に対しても同様に定めます。さっそく、剰余類が群になるかどうかを考えていきたいのですが、その前に確かめるべきことがあります。それは、今定めた演算がキチンと写像であることです。どういうことかと言いますと、$x, y, z\in G$のとき、$xH = yH$だったとしても、$(xz)H \not= (yz)H$である可能性があります。そうすると、同じもの $xH, yH$ を $zH$ に掛けたのに$(xz)H$と$(yz)H$が異なるというのはとても困ります。
このように、群の写像を剰余類に拡張するときには、その拡張によって矛盾が起きないことを確かめる必要があります*1。しかし、じつはこのままでは上の剰余類の演算は well-difined ではないのです。
試してみましょう。示すべきことは以下の通りです。
命題
$G$を群、その部分群を$H$とする。$x, y, z\in G$で、$xH = yH$のとき$$(xz)H = (yz)H$$
$(xz)H \subset (yz)H$ を示そうとしてみます。 $w\in(xz)H$ とすると $w=(xz)h$を満たすような$h$が存在します。今、 $xH = yH$ でありましたから $x \in yH$ 。よって $y^{-1}x = h' \in H$ 。よって $(xz)h = (yh'z)h$ 。うーん、ここからはどうしようもなさそうです。逆に $yx^{-1}=h'$ としても $(xz)h = (yh'^{-1}z)h$となってしまいどうしようもありません。
これを解決するために$H$に制限を課して、考える剰余類をよい剰余類だけに絞ります。それは
任意の元$x\in G$に対して
$$xH = Hx$$
が成立することです。このような $H$ を $G$ の正規部分群といいます。(同値な定義は多数あるので良かったら調べてみてください。)
こうすると、 $zH=Hz$ ですから、 $zh=h'z\in Hz$ となるような$h'$が存在します。ゆえに $w=x(zh)=x(h'z)=(xh')z$ 。同様に、$xh'=h''x\in Hz$となるような$h''$が存在するので$w=(xh)z=(h''x)z$。ここで $y^{-1}x=h'''$とすると、 $w=(h''x)z=(h''h'''y)z=(h''h''')yz$ 。今、$H$は群なので$h''h'''\in H$ 。よって$w\in H(yz) = (yz)H$ を得られます。
実は $(zx)H = (zy)H$ は$H$が正規部分群でなくても成り立つのですが、詳細は読者への演習問題とします。
そんなわけで、剰余類に元の群の演算を拡張するには部分群が正規部分群である必要があります。さて、演算を安心して使えることが分かったので、これが群になるかどうか確認していきます。
命題
群$G$, その正規部分群を$H$とする。$H$の剰余類全ての集合 $G/H$ と $G$ の演算を $G/H$ 上に拡張した演算 $\cdot$ の組$\left<G/H,\ \cdot\ \right>$は群となる。
(証明)
まず、結合律が成り立つことを示す。
これは$xH, yH, zH \in G/H$に対して$$(xH \cdot yH)zH = (xy)H \cdot zH = (xy)zH = x(yz)H = xH(yH\cdot zH)$$ より従う。
次に単位元の存在を示す。
$h = 1H\in G/H$ は 任意の元 $xH\in G/H$ に対して$$\begin{aligned}1H\cdot xH = &(1x)H = (x1)H = xH\cdot 1H \\ &(1x)H = (x)H = xH \end{aligned}$$ となるから、 $1H$ は $G/H$ の単位元である。
最後に逆元の存在を示す。
任意の元 $xH\in G/H$ に対して$x^{-1}H$ は$$\begin{aligned} xH\cdot x^{-1}H = &(xx^{-1})H = (x^{-1}x)H = x^{-1} H \\ &(xx^{-1})H = (1)H = H \end{aligned}$$ となるから、$x^{-1}H$は$xH$の逆元である。
以上で $G/H$ は群になることが分かりました。この群を $G$ の $H$ による剰余群 (商群) といいます。僕は「じーおーばーえいち」と言ったりしますが何がスタンダードなのかは分かりません。
剰余環
剰余群の環バージョンである剰余環を考えるために、環とそのイデアルと呼ばれるものを紹介します。
定義
集合$R$と、$R$上の二つの演算 $+$ と $\times$ の組 $\left< R, +, \times \right>$ が環であるとは、組$\left< R, +\right>$が可換群 *2であり、組$\left< R, \times \right>$ が群であって、 任意の元 $x, y, z \in R$ に対して$$\begin{aligned} (x+y)z = xz + xy \\ z(x+y) = zx + zy\end{aligned}$$ が成り立つことをいう。
組 $\left< R, +, \times \right>$ を $R$ と表すことにします。また、組$\left< R, \times \right>$が可換群であるとき、$R$を可換環といいます。今回は可換環についてだけ考え、環といったら可換環のことを指すこととします*3。また、環の $+$ の単位元を $0$ 、 $\times$ の単位元を $1$ と表すことにします。
記号を分けたように、一般に $+$ と $\times$ の単位元は異なります(一致している場合、 $R$ は自明な環と呼ばれます)。
定義
環 $R$ のイデアル $I$ とは、$R$ の部分群であって、任意の元 $x\in R$ と $a \in I$ に対して $xa \in I$
今、$I$は$R$の部分群で$R$は可換環なので$I$は可換群です。よって$I$は正規部分群です。
さて、上で定義した群$G$を環$R$に、正規部分群$H$を$R$のイデアル$I$に置き換えた剰余群 $R/I$ を剰余環といいます。また、$a\in R$ に対して剰余類 $a + I$ を $\bar a$ と表すことにします。
ここで演算は加法$+$です。「群なのに環?」と思うかもしれませんが、実は $R$ の演算 $\times$ を $R/I$ に自然に拡張することによって $R/I$ は環となります。すなわち、
$a, b \in R$ に対して $\bar a\times \bar b := \overline{ab}$
とするということです。剰余環 $R/I$ が実際に環となることの確認は読者への演習問題とします。